JDBな人生  専門的なことから日常的なことまで~ まぁ自由きままに書いていきます。
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さるかに合戦

お久しぶりです。久々に雑談の記事です。

※前もって書いておきますが、あんまり内容は深くありません。「日本人がバッシング好きなのって『さるかに合戦』のせいなのかも?」という意味不明な推測をたらたら書いているだけです。
大したリサーチもせず思うままに書いているだけなので、何か意見があればどんどんお願いします。

さて、最近、わけあって「さるかに合戦」の話を読みました。話の展開はみなさんご存知かと思いますが、

①柿の種(=手間をかけて育てればやがてたくさんの実が生る)を持っているさるが、おにぎり(=すぐに食べられる)を持っているかにと、物々交換を申し出る
②さるはさっさとおにぎりを食べてしまい、一方かにはこつこつと柿の木を育てる
③実がなったあと、かには木に登れないので、さるが代わりに実をとりにいくという話になる
④さるが木に登ったのは良いものの、ずる賢いさるは、赤い実を自分で食べ、青い渋柿をかにに投げつける。かには重傷を負う(あるいは死んでしまう)
⑤その話をかにの子どもたちからきいた臼・牛(馬)糞・針・栗は怒り、さるを懲らしめる

というような具合です。
なお、臼〜栗は現場で一連の事件を目撃したわけではありません。

このストーリーは、要は「ずるいことをしたら、正義の力により成敗されるべきである。」というものです。
ブリタニカ国際大百科事典の「猿蟹合戦」の項目によれば、「この昔話の後半の形式はアジア、ヨーロッパ、インドネシアの広い地域に伝承される。」とあります。
まあ誰にでも明快な展開ですよね。

#でも海外のおとぎ話でこういう流れのものってあんまりポピュラーじゃない気がします。西洋のおとぎ話=寓話ってイメージがありますけど、どうでしょう。

おとぎ話つながりでいけば、「かちかち山」「桃太郎」も成敗するという点では同じです。

読んだ後、ふと、数ヶ月前にTwitterで見た五輪エンブレムの盗作疑惑に関するpostを思い出しました。具体的には覚えていませんが、「佐野さんがよろしくない方法をとったかもしれないとしても、(家族までひっくるめて)集中砲火でバッシングをするのはやりすぎではないか。こういう雰囲気は異常ではないか。」というようなものです。
まあこのような意見は探せば結構あるようです。

これに関して、違和感を覚えるか覚えないかときかれれば、結構答えに迷います。皆さんはどうでしょう。

関連して、記憶に新しいものでは、小保方さんや佐村河内さんの騒動でも似たような話が出ていました。特に小保方さんの一連の騒動では自殺者も出るほどの激しいバッシングがありました。

こうしたバッシングというのは、さるかに合戦の⑤と非常に似ています。「現場で現行犯(あえて大げさな表現を使います)を確認したわけではないし、当事者やその他もろもろの事情をよく知っているわけでもないけど、話を訊いた限りではなんとなく許しがたい感じがするので、(その集団にとっての)正義の力で成敗すべき」というところです。

もっと言えば、(冤罪を含む)被疑者の家族に対するバッシングも同じロジックです。「ネット私刑」という言葉も最近は脚光を浴びてきていますね。本人の言い分や事情をよく知っているわけでもなく、そもそもどの程度“クロ”なのか知っているわけでもないけれど、許せないから懲らしめよう、というものです。

ちょっと気になったのでググってみました。引用できそうな出典がなかなか見つからなかったので引用はしませんが、「アメリカは加害者家族に対して応援をする、対して日本はバッシングをする」という論調はあるようです。

NHKのクローズアップ現代は、日本人の加害者家族へのバッシングを次のように表現しています。

「犯罪“加害者” 家族たちの告白」http://www.nhk.or.jp/gendai/kiroku/detail_2872.html

重大事件になると必ず責任を追及され、社会にさらされる犯罪加害者の家族。犯罪とは直接関係のない子どもや親戚にまで影響が及び、最悪のケースでは自殺に追い込まれる家族もある。


ここまで考えたところで、初めて「日本人 バッシング」で検索をしてみました。すると今日公開のこんな記事が。
精神科医、岩波明著の「他人を非難してばかりいる人たち」という新書に対する書評のようです。(この記事の著者自体は具体的に誰なのかよくわからないですが)

日本人は、民族の性質として、「集団でどうこうする」「異質なものに対しては何かしらの対処を行うべきである」という考え方を好む、という話はよくきくと思います。社会の教科書なんかでも、「元来農耕民族であり、ムラという集団を大切にする」という解説があります。

念のため、該当部分を引用してみます。

日本人が「ネットバッシング」を止められない理由に「日本人が元来持つ特性」があった | ダ・ヴィンチニュース
http://ddnavi.com/news/270886/a/

「日本人が元来持つ特性」とは、「差異に敏感」なこと。日本という島国の“閉鎖的空間”が培ったものだという。閉鎖的な空間ではしぜんと同質集団が形成され、「微妙な差異に敏感」になる。たとえば、多様な民族や宗教的背景を内部に持つアメリカに比べると、同質集団である日本には大きな「安心感」があるが、バックボーンや価値観が似たようなものになりやすいため、すこしの異質でも排除しようとする働きが起きるのだ。
(中略)
 以上の3つの要因が複雑に絡み合い、「ルサンチマン(常日頃から感じている悔しい思いやねたみの気持ち)」を抱えやすい日本人は、攻撃できるはけ口を見つけると、ボルテージが一気に増幅。日常は抑えている攻撃的な衝動があらわになる、というわけである。


地理的・人種的な理由により、日本人は同質的になりやすく、小さな差異を気にする傾向があるということに加え、(引用省略部分の要因も含め)攻撃できるはけ口を見つけると一気にボルテージが高まる、という分析です。

その岩波さんが読売新聞の対談に出ていました。

2015年11月12日 読売新聞

日本だけの問題でしょうか。
 「海外でもネットでのバッシングがありますが、日本は先進国でも際立っています。議論が一方向に限定されがちで、同調しないと、逆に攻撃の矛先が向けられる。反論が言えなくなる。コントロール不能になるのです。言論の自由もあり、一概に否定できない面もありますが、社会的に抹殺してしまいかねない凶器になります」


日本人に独特の強い同調性・同質性が、①バッシングの対象を見つけやすい②バッシングが起こりやすい③対抗勢力(バッシングに対するバッシング)が生まれない、という原因になっているというところでしょう。
まあどこかできいたことのあるような話ですね。

こうした環境により、バッシングの発生や過熱が起こりやすい土台がある、ということにもとれると思います。言い換えれば、「場所の環境によるバッシングの起こりやすさ」があるということです。


とはいうものの、このグローバル社会、アメコミやハリウッド映画をはじめ、西洋の価値観は常に、大量に日本に流れ込んできています。
ではそれらが実際に日本人の価値観を大きく左右しているかといえば、そうでもなさそうですね。映画は映画、漫画は漫画です。

そんなことよりも、日本人の行動に影響を与えているのは、やっぱり「さるかに合戦」「かちかち山」「桃太郎」でしょう。「みんなで成敗しよう」という話を小さいときから何度も何度もきいている、しかも大抵は強く同意しながらきいているからこそ、「力を合わせて成敗するのは当たり前」という考え方になりやすいのだと思います。言い換えれば、「価値観に関する教育によるバッシングの起こりやすさ」があるということです。

つまり、日本人のバッシング好きの原因が「①地理的・人種的な環境によるもの」と「②価値観教育の環境によるもの」に分けられるのだとしたら、「さるかに合戦」のような話を小さいときから何度も何度も学ぶようなことは、後者の役割を果たしている、と言えるだろう、と。

もちろん、②というのは①があるからこそ発生するのですが、おとぎ話という形で定型になってしまっている以上は、①と分けてしまって考えられるだろう、という意味です。

結論としては、「日本人の行動に強い影響を与えているのは、アメコミでもハリウッド映画でもなくて、やっぱりさるかに合戦じゃないの??」と言いたかっただけです。

と、さるかに合戦を十数年ぶりに読んで思いました。皆さんはどう考えますか?
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